kei 「蜘蛛の糸Ⅱ」

2023年3月退職 後の生と死を「絵と言葉」で考えたい…4月からは「画家」か?「肩書を持たないただの人間」として生活していこうと考えています。

「ダダイズムの系譜」

「ダダ」とは”玩具の馬”という意味なので 全く意味をなさない
マルセル=デュシャンが パリのアンデパンダン展(無審査でどんな作品でも展示する)で
『泉』という題名で この作品を出品したが展示を断られた

R.MUTTという女性と思われる作者のサインもデタラメだが 何より問題となったのが
「作者当人が作っていず 買って持ってきただけ」だからに他ならない
1917年に発表された この作品がダダイズムの開幕だった
ダダイズムは詩や小説等文学界にも影響を及ぼした

戦後1950年代「ネオダダ」という一派が生まれた ラウシェンバーグやジャスパー=ジョーンズ
ジョーンズの作品が私はとりわけ好きだ

[Flag] 1954~1955
これは「絵」ではない。「旗そのもの」なのだ

 

[Map] 1961

これは「北米地図」である。 描いてはいるが「絵ではない」

 

A.ウォホールのポップアートからも「ダダ」を感じることがある

「印刷物とホンモノの垣根を曖昧にした」という点で

 

バンクシーを「ダダイズムの系譜の一人」と呼んだのは
・作品に恒久性を持たせる気持ちが感じられないこと
・ストリートアートなんだから売る気が無いこと 
・「自分の絵画」に金銭的価値を見出さないことなど いろいろある

こうして考えると 半世紀に1回程度のサイクルで「ダダイズム」が顕れる

ヒンドゥ神「シヴァ」の役割を果たすような作家が

その向こうにあるモノは何かわからないし どんなふうに変わるのか見当もつかない

視覚によって認知の90%を司る「ヒト」

現代芸術がどうかわるか まだわからない…

しばし 経過を見守ることにしよう。


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