kei 「蜘蛛の糸Ⅱ」

2023年3月退職 後の生と死を「絵と言葉」で考えたい…4月からは「画家」か?「肩書を持たないただの人間」として生活していこうと考えています。

「塀の上」

東京大学教授の解剖学者「養老孟子」氏の語りをYoutubeで観ていた

まだ2本なので 氏の考えがわかったとは言えないけれど 伝え方というか例え方が率直かつ新鮮 そして的を射抜いている と感じた

氏は自分は小学校の頃は病気も相まって 不登校ぎみだったと言っており 中学・高校は規律がやたら厳しくて嫌気がさしたが何とか6年耐えたとか…

どちらにせよ氏は「組織」そのものに疑念を抱いていた その大きな理由は 敗戦とその後の日本社会の「手のひら返し」を目の当たりにしたことが関係しているのだろう

なので 頭から「組織の方針やルール そして人間関係の在り方に首を傾げていた」ということになる そのためか定年より早く57歳で東大を退職し 退職後の感想は「空がこんなに広いとは知らなかった」だった

いじめの問題についても短く言及しており 自己肯定感なるものを「他者の評価や感想に依拠することが問題なのだ」というようなことを述べている 氏にとっては 現代の日本社会や 学校の問題はこういうところにもあり 生きることに関して希望や絶望感を持つ理由が 「”塀の中”という限定された人々の感情や言葉に左右されるというのは おかしい」と言っているわけだ…

氏にとって 組織とは生活を保障しながらも 拘束し 洗脳を仕掛けてくるモノだと受け取られていたのだろう なので一番正直という点で信じられる人間は「死体」だったと話している

 

塀の中」という組織 「塀の外」と呼んでいる世界には自然であったり 氏の大好きな虫であったり 動物であったり 人に当てはめれば ホームレスの人だったり フリーターであったり 個人事業者であったり 非正規労働者であったり…というわけだ

 

東大教授という職は国家公務員であり 塀の外から見れば なぜそうなのかわからない奇妙な足枷やルールが科せられていたとのこと

そんな世界で自分は 塀の中でも塀の外でもない「塀の上を歩いていたのだと思う」と云った 「田中角栄」も鑑別所という塀の内側と 社会という塀の外側ちょうど中間の塀の上を歩いていた とも付け加えていた

 

養老孟子氏のこれらの語りを聞いて 私の頭の中の曇りが随分減った

 

生活を支えてくれる組織というものの有難さを感じながら 50歳を過ぎてからは首を傾げることが少なからずあった その違和感は溜まる一方で困っていた

私もまた「塀の上」を歩いていた者の一人なんだと実感した

来年度は随分と労働時間は減るが働かなければならない 仕方ない

今度は意識的に 覚悟を持って塀の上を歩くことにしよう…

養老氏の言葉で 非正規雇用の状態である人々の思いや考えも察することができたのは 私にとって意味あることだし 私もその仲間入りをするわけだから

 

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