kei 「蜘蛛の糸Ⅱ」

2023年3月退職 後の生と死を「絵と言葉」で考えたい…4月からは「画家」か?「肩書を持たないただの人間」として生活していこうと考えています。

「畦道」(あぜみち)

「あぜ道」とはどういう意味ですか?
「あぜ道」は、田と田との間の細い道。 「畔道」「畦道」とも書く。 「田圃道」は、たんぼの間にある道。 「田舎道」は、田舎にある道の意。

養老孟子氏のコメントから触発された

氏は言った「台湾の田んぼを見て驚いた。畦道がなかったんだ。これは飛行機でトウモロコシや小麦の種を撒くアメリカと同じやり方かな…と感じた。」というようなことを言っていた

氏が見ているのは田や畑じゃない 「畦道」の方である

氏は都内の一つの建物が取り壊されて更地になった四角い狭い土地を「空地」とは呼ばない

それは人間側からの一方的な見方で そこには草も生え 蟻が住み 虫が生き ミミズやモグラが地中を動き回る土地だ という事なので このような人が「畦道」をどのように捉えているのか なんとなくわかる

蛙(かえる)に似た「畔」という名の道

そこには蛙だけじゃなく ゲンゴロウも ザリガニも 小貝もヤゴも住んでいる

そうして 上の写真の様に それらを餌にしてか 鳥が佇んでいる

 

私には 「これが世界に見える」

 

そう見えるんだから仕方がない

 

では 台湾にはなぜ「畦道がなく アメリカでは辺り一面小麦とトウモロコシ畑なのか?」

 

「合理的発想」からそうなった… 手間 コストパフォーマンス 多角的に考え得た結果

 

でもそれは「人間ご都合主義」みたいで 私には「世界に見えない」

 

ここ当分 AIやらコンピューターを考えていた それは「未来」について考えないと 若い人々とは正対できないと思った という理由もあるが主要因は「好奇心」

 

20代から40代までだったか…日本の世代の中央に位置する年代の人々の80%が「向こう30年間暗澹とした未来を予感している」と どこかのニュースで読んだ

 

私も6年前 同様の予感を抱いていたので「蜘蛛の糸」というブログを始めた

それは「暗澹でない未来世界の模索」だった

 

さて AIよ。「畦道は邪魔かい?」

 

私は「般若心経」という ゴーダマ・シッダールタの「お経から逸脱し 概念からも逸脱した言葉」と「畦道のある世界」を念頭に入れながら 見ていくことにするよ

kei