kei 「蜘蛛の糸Ⅱ」

2023年3月退職 後の生と死を「絵と言葉」で考えたい…4月からは「画家」か?「肩書を持たないただの人間」として生活していこうと考えています。

「賢者タイム」

ジェンダーの話は敬遠されがちだとわかっているんですがw

男の場合「賢者タイム」なるものが存在します

具体的に説明することではないので、ともかく性衝動というのがあって、それが終わると直後に「賢者タイム」がやってくるのです。

年齢を重ねると その衝動が減っていくのも実感としてありますが この心の動きは というか精神活動は「ヒト」が動物であるという証という気がします

 

で…「絵を描く行為」は「自慰行為」と多分に重なっていると経験的に感じます

 

夜から夢中になって描き続ける 没我の状態 そして知らぬ間に朝がやってくる その時今まで描いたモノをみると 太陽の光で溶けた雪だるまのように「しょーもないモノ」に変わっていることがよくあります

なので「昼の太陽の光を浴びても耐えられる絵」というのが上手くいったかどうかの重要な基準になります

 

女性にはわかりにくいかもしれません 

でも 一体誰が名付けたのか「賢者タイム

男にはあって 熱狂していたついさっきまでの自分とは 違う自分が出てきます かといって「愛情が減る」とか「ただ眠くなる」というのではなく ”引き算をした結果が率直に出てくる”という感じでしょうか…

歳を重ねるごとに「熱狂数」も それから引かれた「賢者数」の差が徐々に縮まっていくように感じられるので これも自然なんだろうと思います

男即ちオスがどうしてこうなるかは 動物として交尾中は襲われやすい状態 それから早く離脱するため。という説がありますが…

安全の中で行っても「賢者タイム」が訪れるので これはもう「本能」に近いのかも知れません

 

「賢くない」という意味で 私は賢者ではありません

ですが「賢者の時間」は大半のオスに訪れます

心という雲の形は変わり続け 変わり続けるからこそ「雲」なのでしょう

 

このようなオスが半分存在する人間世界を見渡せば 「国」とは 「戦争」とは 「経済」とは 「宗教」とは 「学び」とは 「人間」とは何なのか…

「再考し続けること」がマトモなのじゃないかという気がします

 

賢者タイム」と名付けた人に 私は「裏流行語大賞」を送りたいと思います

kei