kei 「蜘蛛の糸Ⅱ」

2023年3月退職 後の生と死を「絵と言葉」で考えたい…4月からは「画家」か?「肩書を持たないただの人間」として生活していこうと考えています。

「イカロス」Ⅳ


病院が新たに3人の同類を見つけだし、独立国は12人となった。
アイボリー インディゴ ベージュ という呼び名の女性2人、男性1人。
その頃16歳を迎えたブルーはヴァーミリオンの出産に立ち会っていた。出産と言っても、妊娠5か月の双子の摘出手術であったが、出産する前から人工授精を行い女・男と性別はわかっていた。ロボットアームによって滴出された胎児はすぐに人口胎盤が備わった保育器に入れられ、その中で2人の胎児は宇宙飛行士のようにグルグルと活発に回転した。
第2世代の子には宝石の名前が与えられた。女の子にはルビー。男の子にはサファイア。初めての第2世代だった。

そうして静かな2年が流れた。

ブルーより一歳年下のイエローはプロジェクトの牽引者として年長のインディゴとベージュと共に最重要の研究を行っていた。
「実用的で直ぐに稼働できる核融合炉の開発」
それはすでに作り上げられ、いかに小型化するかが課題となっていた。
従来の方式とは全く異なるその核融合炉は島内のエネルギーすべて賄い、無数のロボットを動かしていたが、体積を650分の1まで減らし、引き出す電力を最低でも千倍にしなければならなかった。なぜなら、この地を棄て当座「火星」に住処を求める必要があったからだ。その地で「トレーラーハウス」と名付けられたドーム型施設を建設し、6つのカップルから生まれ出る子たちを育てる環境を準備する必要があった。

さらに3年後。ヴァーミリオンとブルーにまた双子が生まれた。エメラルドとオニキス・・・
こうして島の人口は50人を数えるようになった。

島内外部で解体作業が始まり、島は徐々に自然の姿を取り戻していった。

その頃の人類と言えば多大な科学力を傾け「超電導モーター」の実用化が始まり、水力、風力等発電に真っ先に利用され、エネルギー不足問題を徐々に解決しつつあった。
西南の大陸ではなおも国内外の紛争は起こったが、国連が調停に入ると数か月でそれは収まった。


90.323 
プロフェットが示す人類の100年以内絶滅数値はそれほど下がってはいなかった。
けれども、グリーンをリーダーとした50人はこの数値に全く興味を示さなかった。
「火星」に飛び立つ日が来た。
10基の核融合炉式大型ロケットが順次、島から発射された。


78.5平方キロ 
火星に建設された当初のドーム「トレーラーハウス」は東西南北10キロメートルの円形だった。そこには地球から連れてきた3組の犬と猫のつがいやシカや羊、牛馬、リス等の小動物、数種の鳥類、爬虫類、両生類、魚類、昆虫等も住んでいて、環境、例えば重力などもコントロールされ、地球と同様に保たれていた。

6組のカップルは1年ごとにドームの面積を倍に広げ、研究を進めながら競うように子作りに励んだ。一卵性と多卵性の双生児、3つ子、4つ子の出産によって飛躍的に乳児が増えていった。
(結果的にアイボリーが最も多く、28人の子を産んだ)

ブルーとヴァーミリオンが20代半ばを迎えた時、ヴァーミリオンは新しい実験をブルーに提案した。「自然分娩の子どもが欲しい。」と。
ブルーはそのリスクを交え、一瞬考えたが「了解。そうしよう。これも初めての試みだね。キミとしては、こういうことは1番乗りじゃないとイヤなんだろ?」

ブルーが考えていたリスクとは出産についてではなくヴァーミリオンの余命に関することだった。

異なる種である自分たちを「新人類」と考えている者はドームの中に誰一人いなかった。むしろホモ・サピエンスよりも不完全な個体であると納得していた。それは染色体のなかに潜んでいた。
大人も生まれ出でくる子等も、慢性とも急性とも言えない新種の白血病に罹っており、
地球人類の4割程度の寿命しかなかった。

人類の血液収集と検査に没頭していた時、ヴァーミリオンは言った。
「ヴァンパイア? 彼らもなかなか言うわね。そのヴァンパイアが揃って白血病だって公表したら、今度は一体なんて呼ばれるのかしら・・・」
もしヴァーミリオンがあと一人の子を産むとした場合、さらに余命1年程度短まるだろうと予想された。自然な行為と自然な分娩によって生まれた男の子は「ターコイズ」と名付けられた。

ターコイズが生まれて1年。火星の人口は100人になっていた。そしてヴァーミリオンはベッドの上でターコイズをあやしながら、クッションを背にして編み物をしていた。

「タウ計画の方はどう?」彼女はブルーに尋ねた。
それは12光年の距離にある「くじら座τ星」の惑星への移住計画だった。
「亜光速となると100年経っても作れない。だから半分程度の速度の船をイエローが計画中だよ。それならあと10年くらいでなんとかなると思う。」
ヴァーミリオンターコイズの頬を軽くつつきながら「そう。」と返事をした後「グリーンの余命はあと5年。そのあとはあなたが引き継いで。なんたって私より12年も長生きできるんだから。」

しばらくの沈黙の後、ブルーは提案した「キミが死んだら・・・。脳だけでも保存させてくれないか。そうすれば脳内パルス信号を読み取り、半永久的にキミと会話ができる。僕も時が来たらそうするから。ずっと2人で会話ができ・・・」
断ち切るようにヴァーミリオンがあきれ顔で答えた。
「おバカさん。これだから『執着』というのは困りものよね。大切なのは私の脳でも命でもない。私たち2人から5人の子が生まれて、命を受け継ぐ存在が出来たということ。そして子等が増え続けることだわ。私の研究を受け継ぐ誰かが、いずれ10年程度は延命できる方法を見つけ出すでしょう。けれども、長さはさして重要じゃない。そう思わない?だからブルー。私たち種の最初の死者の栄誉を私に与えてちょうだい。」
ヴァーミリオンは続けた。「子どもたちには意志のままに自由に生きてほしい。けれどもし、ターコイズが音楽家とか芸術家になってくれたら最高。」 
「なぜだい?」ブルーは彼女の手を握り尋ねた。
「だって科学と反対の力だからよ。きっとそれは私たちをもっと人間らしくしてくれる。」

二人は微笑みながら長い間見つめ合っていた。

半年を待たずしてその時が来た。
5人の子たちは銘々に母親の手を握り「ママ。」と呼びながら皆大粒の涙を流していた。その時初めてヴァーミリオンはこのような涙を流す同種の生物を見た。そして自身も知らぬ間に頬を濡らしていた。

「いいものね。」彼女は言った。
「このまま・・・時間が止まってほしいほどよ。」そう囁き、彼女の胸の鼓動は止まった。

10年の月日が経ち「くじら座τ星」に向けて宇宙船が飛び立った。

皆をコールドスリープで眠らせたあと、ブルーは一人残り「プロフェットⅢ」に尋ねた。
100年以内に自分たちが絶滅する確率を・・・
答えは80.05%だった。

ブルーはコンピューターに向かい独り呟いた。「確率なんかじゃないんだ。プロフェット。君がどれほど人間についてデータを蓄積し、分析しても結局のところ、本当に人間を理解しているかどうかなんだ。それは・・・そうだな。「海流」に似ている。海流は定まった方向に向かって流れているけれど・・・一番底の流れはどこに向かっているのかわからない。地球に住む人類も、そして僕たちも、深い深い底の流れを見たものはまだ誰もいない。そんな気がする。だから小さな事をきっかけにしてさえ、君の数値は変わり続けるはずだ。」

それからブルーはヴァーミリオンの灰を漆黒と発光の宇宙に撒いた。

「君はまた星の一部に戻るだけ。僕も同じようにしてもらうよ。ヴァーミリオン。」

kei