kei 「蜘蛛の糸Ⅱ」

2023年3月退職 後の生と死を「絵と言葉」で考えたい…4月からは「画家」か?「肩書を持たないただの人間」として生活していこうと考えています。

「イカロス」

 Ⅰ
「ブルー」が生まれたのはその国の極北、農業ですら短い季節で収穫しなければいけない土地のため主に漁業で生計を立てていた。町は過疎化が進み、老人ばかりの「村」になっていた。

「ブルー」は赤ん坊のころから大人しく、母親も泣いた様子を見たことがなかった。
お漏らしや空腹を含む数々の欲求は表情や声で母親は読み取った。
閑村には保育園、幼稚園の類はなく、住まいの付近の魚の処理場から母親が時折戻り世話ををしていたが、ブルーが3歳に至るころにはほとんど面倒を見る必要がなくなるほど、大半のことは一人でできるようになっていた。

ただ一つだけブルーが母に頼んだことは「図書館にいきたい。」ということだった。
大人でも長い道のりを母子は手をつなぎ歩いて図書館に行った。
そこでブルーは一冊の絵本、その下に隠すように「世界の歴史」という分厚い本を机の上に置き読み始めた。
母親はその日も処理場での仕事があり「夕方迎えに来るから」といってパンと牛乳を袋に入れて立ち去った。

ブルーは絵本を脇に寄せ、まず「世界の歴史」を読んだ。TV、ラジオ、新聞などを通して読解の力は大人の段階まで達していたが、父親も母親もそのことを知らなかった。
こうして週に2,3度母に図書館に連れて行ってもらい読書をしてブルーは過ごした。
気になる存在は「司書」だったが彼女はブルーが館に来た時、帰る時ときに頭を撫でることと、本を貸与すること以外には興味がなく、ブルーが読書をしている間でもしばしば席を離れた。
だから図書館は丸一日ブルーの貸し切り状態であったことも少なくなかった。
そのためブルーは心置きなく読み耽ることができた。歴史だけでなく社会学、経済学、化学、生理学、医学、物理・・・専門分野の学者でも3日はかかりそうな本を半日で吸収した。
そうして母親が来る夕方になるとそれらを棚に戻し、絵本を机の上で開いた。
 
ブルーはすでにその時、自分が奇妙な生き物だと理解していた。そして、それは誰からも
隠さなければいけないとわかっていた。


5歳を終えるころにはブルーは図書館の本を大方読み終えてしまっていた。
一番興味を引いたのは各国の「辞書」で、とりわけ分厚い自国の国語辞書に引かれた。
その辞書の最後のページを閉じながら、ブルーはヒトの主観性の強さ、それと矛盾、意味の重合(異口同音で同じ意味のことを自己主張している)ことの多さを不思議に感じた。世界や社会という言葉を多用しながらも呆れるほど、自分本位の生き物である。というのがブルーの結論だった。
 
次にブルーが父母に要求したのは「叔父の住まいに移り住み、大きな小学校に通いたい。」
「一人の時、寂しさを紛らわせるために安価なノートパソコンを買い与えてほしい」ということだった。これには次のような目論見があった。
小規模な学校だと自分が目立ってしまう危惧があること。それと自宅ではインターネット環境が整わないだろうということ。パソコンを用いインターネットをすることが次の足掛かりとなる。
 
父母は我が子の意向を受け入れ、ノートパソコンを買い与え叔父の元にブルーを送った。
子がいない叔父の家には小さかったが専用の部屋を与えられた。そこでブルーはすぐさま
インターネットをはじめた。知識は瞬く間に膨大となり、10か国語の言語を操り、どのような国家試験も筆記だけなら満点で合格可能な力を得た。そんな中で小学校に入学し、1年生の夏休み前に小冊子が机の上に配られた。
それはIQテストだった。
表紙を見た瞬間ブルーはその目的を察し、意図的に点数をコントロールした。知能指数を「110~120」程度に操作するのは簡単だった。
学校では「少し賢い目立たない子」で過ごし、帰ればPC操作とインターネットに没頭した。
 
ある時ブルーはネット掲示板に「0」を含んだ奇怪な公式をダミーサーバーを経由し「数学クイズ」として載せた。まともな数学者であれば「意味のある式ではない」と一蹴するはず…
けれどもブルーは待った。これを解ける相手を。つまり仲間を・・・


夏休みも終わり、涼しい風が吹くころブルーが掲示板に載せた問題に4つの回答があった。
その一つは「計算の過程でゼロ除算が必要となるこの公式に意味はない。数学を志す者なら人々を混乱させるようなクイズを載せるべきではない。」という助言だった。
もう一つは「数学アレルギーの俺の蕁麻疹の数は100」と書かれていた。
そして残りの2つの答えは当たっていた。
 
ブルーはその2人とコンタクトを試みた。「こちらのメールアドレスは次の新しい式の解。ぜひ語り合いたい」と・・・

3日を待たずして2人から回答が送られてきた。その1人は3歳上の大陸の西方の国の少年。もう一人は遠く東側、別の大陸の少女。ブルーと同じ年齢だった。
ブルーは年長の少年を「グリーン」と呼び、同い年の少女を「ヴァーミリオン」と呼ぶことにし、それを2人に提案した。そして自分をブルーと呼ぶように依頼した。
そうして3人のメールによる交流が始まった。
ただしその前に、ブルーはダミーサーバーを用い第3国を経由させること、自分が作った暗号プログラムを用い暗号化させて送信しあうことを2人に確約させた。
 
グリーンはブルーの学校制度から言えば小学校4年だが大学院生だった。飛び級によって今は物理学分野を専攻しているとのこと。ヴァーミリオンは医者の娘だったが、幼いいうちに父の研究を理解し、その誤りにさえ気づいたことに悩んでブルーと同じように能力を隠すようになった。
 
ある日グリーンはメールでこう伝えた「血液型検査に注意しろ。絶対に採取されてはならない。」
その趣旨は「おそらく2人共私と同じ0型と判定されるだろうが、実際のところ型を特定できない。ただし、0型の血液とは凝固反応は起こさないので一応そのようにされた・・・」とのことだった。
そのためブルーとヴァーミリオンは学校が行う血液検査の日を欠席し「病院で調べて報告する」と教師に伝えた。その後、ブルーは病院にいろいろと口実をつけ血液採取だけをしてもらい、ヴァーミリオンの元にその血液を送った。