kei 「蜘蛛の糸Ⅱ」

2023年3月退職 後の生と死を「絵と言葉」で考えたい…4月からは「画家」か?「肩書を持たないただの人間」として生活していこうと考えています。

「イカロス」Ⅲ


ブルーが中学校に入学し、夏休みに差し掛かろうとしたとき、父母と叔父にブルーは切り出した。「インターネットを通じて知り合った年上の友人がこちらに留学しないかと聞いてきた。10月の入学に合わせて行きたいのだけれど・・・旅費も向こうでの生活費も全て友人が負担してくれる。心配はないと思う。」
経済的に豊かとはいえない父母にとって、我が子が知見を広げること、そしてブルーの幼い弟や妹の養育のためにもよい申し出だと思った。父親は尋ねた。「言葉はどうする?向こうで一人きり・・・なんてことにならないか?」
その時初めてブルーは知識の一端を両親に見せた。流ちょうな口調でフランス語の詩を諳んじ始め、最後に「大丈夫。」と念を押した。夏休みの終わりごろブルーは旅立った。
 
ブルーがグリーンの元に到着し、そこで記念撮影を終え証拠写真として祖国の両親宛てに送った頃、血液採取事業は25億人に達していたが先進諸国の大小の団体。宗教団体、科学者団体、政治団体、独自の思想を持つ団体らが事業に異議と疑問を呈しはじめ、運動が起こりそうな気配だった。けれども3人は慌てていなかった。もし、自分達と同類がいれば新聞広告に記されているアナグラムを解読し、進んで血液を提供するだろうと見越していたからだ。
 
このようにしてグリーンたちは6人の同類を見つけ出し、太平洋の孤島に集めることができた。男性はブラック(16歳)グレイ(18歳)ブラウン(14歳)女性はパープル(17歳)イエロー(12歳)ホワイト(15歳)様々な人種、皆異なる国籍を持っていた。
ヴァーミリオンは早速、3人の過去の血液検査の足跡をたどり(他の3名は開発途上国出身であったためか行っていなかった。)血液とデータを消し去った。
 
こうして集まった9人はこれからの計画を話し合い、役割分担が行われた。
ブラックは核開発。グレイはロケット・ミサイル開発。ブラウンは発射台を含む島の拡張・拡充事業。パープルは人類学に関わる研究。ホワイトは月と惑星の観測と研究。一番幼いイエローには「どこでも見学できるバッジ」が渡された。企業や病院等は自らが「エージェント」と呼ばれる口が堅く有能な人材にその運営を委ね、自分たちの正体を明かさぬまま協力関係を築き上げていた。
 
ブラックとグレイの核開発は島の地下350mの空洞内で進行し、1年をかけ材料を揃え、最新型ミサイルの100倍以上の速度で飛行する極超音速大陸間弾道ミサイルを作り上げた。


西の海に大きな太陽が沈みかけている様子をブルーがガラスごしに眺めていた時、ラボからでてきたヴァーミリオンが声をかけてきた。「ちょっと外に出てみない?」
2人は連れ立って日暮れの海岸を歩いた。ヴァーミリオンはいったん息を吸い、そのあとに「私実験したいことがあるの。ブルー。協力してくれる?」ブルーは海を見ながら頷いた。2人は砂浜に足跡を作っていった。
「・・・聞かせて。それは何の実験?」ヴァーミリオンは答えた。「なんていえばいいんだろう。そうね・・・執着についての実験かしら。」ブルーは笑顔で意味がわかりかねると軽く首を振った。「・・・だから『執着』の実験なのよ。私はエレメンタリースクールの時、あなたと初めてTV電話をしたでしょ? 私はあなたを見ていた。そしてブルー。あなたも私を見ていなかった? これって、執着っていうのよね?それとも好き、と言えばわかりやすい?」
ブルーは答えた。「どう言っても同じだと思う。ただ、ボクが答えられるのは君とおんなじだっていうこと・・・」さらに2人は歩く。
「じゃあ結婚しましょう。」  ブルーは立ち止まり「えっ?」と尋ねた。
「2人で子どもをつくるの。」
 
94.642 という数値は量子コンピューター「プロフェット」がはじき出した数値だが、9人の推理は各々95%±2であったため、特に驚くべきことではなかった。
この数は、自分たちが世界に関与しなかったと仮定して、100年以内に世界大戦が勃発する割合だった。人類は極地方に住む者たちを除き、3年を待たず死滅すると予測された。
 ブルーが14歳になる年の春 突然TVやインターネットで「宣言」がなされた。
 
・我々はアジア圏の孤島「バハグハリ(タガログ語で虹の意)島」に居住する人民であり、本日をもって「バハグハリ共和国」として独立を宣言する。
・独立の承認と併せ全世界への警告として核軍備の放棄と核分裂をエネルギー源とした全発電所の停止を求める。もしこれに応じればエネルギー確保の手段として実用可能な超電動モーターの新案を無償で提供する。応じぬ場合は戦略核をもって貴国全土を攻撃する。
・なお、本国の科学技術力は既存の先端技術の3世代分先行している。本国から発射されるミサイルはどの国の兵器をもってしても撃墜不能である。それを証明するために明日 本国時間午後3時に、北緯85度の海に向けて核弾頭を取り外したミサイルを発射する。
 迎撃可能かどうか実践してみることを推奨する。
・加えて「国際連合」本来の目的を果たすたに「常任理事国、非常常任理事国」という従来の枠組みを廃止すべきこと。これに応じない国家や核放棄に関し回答がない国家は「反対」とみなし即時攻撃をもって殲滅する。
・期限は本国時間をもって30日とする。
 翌日威嚇ミサイルは発射され、赤道直下から北極まで2分で着弾し、水中に没する瞬間粉々に爆発した。準備が間に合わなかったのか迎撃ミサイルで撃ち落とそうと試みた国は1国もなく、ただ驚くべき光景がカメラに記録され、その動画が世界中を駆け巡った。


威嚇ミサイルに世界はどよめいた。
 
「バハグハリ共和国」と名乗る「テロ組織」「テロ国家」という言葉が電波で流れ始めた時、人口9人の共和国はただ一度反対声明を出した。
「軍事力をもってして他国に圧力をかけ制しようとする国家と、我が国の行為は何ら変わるところはない。我らをテロと呼称するならば軍事力を有する全ての国がテロ国家と言い換えることも可能である。期日まで対話は行わない。行動をもって賛同か反対か表明してほしい。もし、全ての国々から賛同が得られれば、我が国は武力を一切行使しないと宣誓する。なお、核施設及び兵器を地下等に隠蔽しても無駄である。こちらは全ての情報を掌握している。」
 
1日世界は沈黙した。
 
反対声明後の翌日から三日間にかけて、赤道直下の島から夥しい数のロケットが発射され、各国の画像・情報偵察衛星、早期警戒衛星等の軍事衛星は撃ち堕とされた。そして「平和の護符」として、圧倒的に高性能な衛星が十基打ち上げられた。
 
全世界が監視される側に回った。
 
さらに7日後、核兵器保有数が少ない国から順にその放棄が始まり、世界の原子力発電所もみるみる閉鎖の方向に向かっていった。市民運動レベルで「核放棄」主張の輪が広がり、その波に押され、西欧の国々もそれに倣った。期限の2日前になっても回答していない国は1000以上の核兵器保有する2国となった。ヴァーミリオンの母国である内の1国は「今後の世界秩序に関する予測と提案」という片手で持てないほどの分厚い冊子を送り付けてきたが、グリーンは表紙を見るなりそれをゴミ箱に投げ捨てた。
 
29日目の未明。まるで申し合わせたかのように2国が核放棄を宣言した。
そして世界は「国際連合」を中軸とした対話的世界へと変わっていった。