kei 「蜘蛛の糸Ⅱ」

2023年3月退職 後の生と死を「絵と言葉」で考えたい…4月からは「画家」か?「肩書を持たないただの人間」として生活していこうと考えています。

ディオゲネス「生産性という病」

gendai.media

7頁にわたる文筆家木澤 佐登志氏の記事。後半は澁澤龍彦 J.バタイユ マルクス等々の名前が挙がってきて難解になり 途中で理解しようとするのを放棄してしまう方も少なくないのでは…と思われる 私はそうなった

というか記事として内容が豊富過ぎて全部読むと疲れてしまう

 

ただし「相当重要なことを書いている」と 私は感じた

 

まず「ディオゲネス」ついて引用しないといけない

ディオゲネス症候群(Diogenes syndrome)という言葉が存在する。これは重度のセルフネグレクト(たとえば自宅にゴミを溜め込む)を伴う疾患に与えられた言葉で、社会的引きこもりや人格の荒廃を伴いうる精神疾患であるという点で上述のゴブリンモードのような意図的に選択されたライフスタイルとはある程度区別される必要があるだろうが、この疾患に冠された名前が古代ギリシアにおけるキュニコス派を代表する哲学者であったという点は興味深い。

ディオゲネス・ラエルティオス。またの名を犬のディオゲネス

知られているように、ディオゲネスは家も家族も持たず、杖を持ち頭陀袋を担ぎコリントスという「都市」のストリートを彷徨していた。彼は物乞いであり、犬と呼ばれた。彼は何をするにも公然と隠さず広場で行い、それは寝食にとどまらず飲酒や手淫にも及んだ。また、近親相姦の是非について問われれば、「それは鶏小屋で私が毎日見ていることだ」と答え、誰かが「人間は二本足の羽根のない動物として定義できる」と言えば、羽根を毟った鶏を投げて「これが人間なのだな」と嗤った。ディオゲネスは、人間と動物とを分かつ境界線を欺瞞として嗤い、あらゆるモラルや禁忌を自らの動物的な生のもとに崩していった。彼は人肉食をも厭わなかったという。

 

あと3つキーワードがある

①中国「寝そべり族」

寝そべり主義は「がむしゃらになって努力すれば誰でも成り上がれる」というような能力主義のほころびから生まれた動向といえる。たとえ受験戦争と就活戦争を生き抜いて良い職につけたとしても、996(朝9時から夜9時まで週6日間勤務)や007(午前0時から深夜0時まで週7日間勤務)といわれる過酷な労働や残業によって疲弊し、それでも都会で家すら買うことができないという現実。中国の若者たちは、こうした酷薄な現実を前にして、おもむろに横になりはじめたのだ。

寝そべり主義は、加速していく経済発展や苛烈な競争社会に対する「大いなる拒絶」として現れた。それは一種のストライキ運動であり、中国の体制イデオロギーに対する抵抗でもある。

寝そべり主義はインターネットを中心に広まっていったが、あるとき『躺平主义者宣言(寝そべり主義者宣言)』なるパンフレットが現れ、中国各地で印刷されてばら撒かれ始めたという。晦渋で衒学的なアジテーションに満ちているそのパンフレットは、次のようなパッセージで始まっている。

「目の前で起きていることにうんざりして、首を横に振りながら吐き気を催している若者たちは、もうすでに寝そべっているのだ。彼らは険しい生活に打ちのめされてしまったと言うよりも、ただ生命の本能に従っているだけだと言った方がより正しいだろう。休息や睡眠、負傷、死に近い姿勢で、何もかもやり直したり、停滞させたりするのではなく、時間の秩序そのものを拒絶する状態に陥っているのだ」。

これまで、中国の若者たちは常に模範的な生産機械だった。この機械はあらゆる軋轢を避けて動き、まるでそれ自体が空気のようだった、と著者は述べる。

ところが、突如として生産機械になることを拒否する人々が現れ始めたのだ。彼らが寝そべるだけで、それまで音ひとつ立てずに作動していた生産機械は停止し、社会なる工場を機能不全に追いやることが可能となるだろう。

寝そべり主義、それは高度資本主義が行き詰まった地点にぱっくりと開いた傷口に他ならない。

 

②ヨーロッパ「ゴブリンモード」

「goblin mode」は俗語で、言葉の意味は「社会規範や期待を否定する形で、堂々かつ自己中心的、怠惰、ずぼらで強欲である行動のタイプ」 この言葉は広範囲に広まったため流行語となり、辞書に載るに至った。

ゴブリンモードはある種の規範から逸脱したライフスタイルを指し示している。たとえば、ベッドで横になりながら、ポテトチップスの袋を片手に、SNSのタイムラインを延々とスクロールしながら一日を過ごす。深夜二時、皿に盛るのが面倒なので、シンクの上でインスタント食品のフレンチトーストにホットソースをかけてコカコーラの缶を片手に食べる、等々。こうした自堕落な生活スタイルを称揚するムーブメントが、コロナ禍が長引くにつれ、しびれを切らした若者たちの間で発生したのである。

同時にそこには、TikTokなどで活躍するインフルエンサーたちのライフスタイルに対するあからさまなアンチテーゼも含まれていた。彼らが喧伝する、自分をよりよく見せる、健康的でインスタ映えする生活スタイル。それに嫌気がさしたのだろう…

 

③日本「サイレントテロ」

格差社会などの資本主義に嫌気がさし、競争社会・消費社会へ参加することを放棄した思想のことを指す

・経済に貢献するなんて無意味と消費行動を極力しない

少子高齢化で国なんて滅びてしまえばいいと独身を貫く

・ お金のかかる趣味は持たない、贅沢をしない   

・無駄な買い替えは行わず、質素に同じものを長く使い続ける

・ テレビや雑誌は信じない、メディアに流されず無駄な消費をしない 

・酒やタバコ、ギャンブル、風俗などお金のかかる行動はやらない

…このようなことが日本では「見えない場所で起きている」

 

これらすべてを「ディオゲネス主義」と定義するなら

少なくともTVメディアでは取り上げられず「見えない」ことになる

だが世界で広がりつつあるのは事実

ヴェトナム戦争後半から 映画「イージーライダー」に象徴される「ヒッピー」との類似性も感じられ 回帰現象なのかも…とも思えなくないが

今後 日本 香港 シンガポール 中国 そして最も顕著な韓国の「少子高齢化現象」は国家存亡の最大の危機原因になるのではないかと 私は感じる

 

若者の「独居」「引きこもり」は大きなものの一部の様相に過ぎない気がしてきた

「努力」「能力」「労働」「生産性」「資本」「財産」「カネ」に執着し過ぎたツケの代償が 世界各国で出始めている

 

ただしこの現象に「焦点」を当てて考え込むのもどうかと思う スポットライトを向けることは「他が見えなくなること」と同義だと思うから…

 

kei