kei 「蜘蛛の糸Ⅱ」

2023年3月退職 後の生と死を「絵と言葉」で考えたい…4月からは「画家」か?「肩書を持たないただの人間」として生活していこうと考えています。

天国には「法」はない

憲法」「刑法」「民法」と法とよばれているものは色々ありますが なぜ「法」が生まれたのでしょうか。
「そりゃ人間が集団で生きるにはルールってもんが必要だ」という 当たり前の話のようですが

 

天国もしくは楽園と呼ばれる世界に「法」とか「ルール」とか「規則」ってあると思われますか…?

私は表題のように「ない」と思うのです。

 

だって仮に天国という世界があったとして 住人は「悪を為さない」から そこにいるわけですから
…とすると 堕天使ルシファーはどうなんか?とか
「宗教や国家として存続させるために法が必要だったから」 とかいう話になるのかなぁ。とは思いますが…これらはさておいて

 

ここでユダヤ教及びそれから派生したキリスト教における「原罪」の問題が出てきます

楽園に住むアダムとイヴが蛇にそそのかされ 食べてはいけないと禁じられていた「知恵の実」を食べてしまう そのため楽園を追われる羽目になり 「女は産みの苦しみ」「男は労働し 家を支える苦しみ」を与えられたわけですが

 

なんかヘンな話だと思われませんか?

 

…といったら旧約聖書を神聖なる書として信じるユダヤ教の人々からヤカンやタライが飛んできそうですがw


ヘンだと思う事
その1 「なんで楽園(天国)に蛇みたいな「悪」が居たのか?
その2 「天国なのに どうして アレを食うな ソレをするな」というルールがあるのか?


他にも色々言いたいことはありますが そもそも「原罪」という言葉が眉唾で 
「罪の無い人間は赤ん坊以外この世にいるか?」というのと似たような胡散臭さを感じてしまいます

ここで瀬戸内寂聴氏の言葉を思い出します
「仏は罰しない。すべてを見ているが どんなことも罰することはない。」
または ナザレのイエス  イエス・キリストと呼ばれる人は
「すべて許す」と言っており この思想はユダヤ教との決定的な違いです

なぜ輸血は禁止なのでしょう… これと「原罪思想」とは無関係でしょうか?
なぜ「美人」と相手に言っても セクシャルハラスメントになってしまうのかw?
ハラスメントは「主観を基準としている要素があるから」かもしれません
ともかく現代は「法」と「規則」と「常識」と「社会通念」とか あらゆるルールで誰も彼も自らも雁字搦め

 

再度「遺伝子を操作しより強くすぐれた人間を創造する」ことや「人体をサイボーグ化する」ことについて考えてみると 現代では多くの人が「反対」と答えるかもしれません なんせ人工妊娠中絶さえアメリカのある州では禁じられているのですから
ですが「仏もイエス・キリストも 見ているだけか ”許す”」のではないかと思います
それが仮に 先天的に能力や体力 そして職種が決定されてしまう世界であっても…

天国に規制が無いように 現実にも実は無いのじゃないかという気がします

 

ま・・・某国の残虐さ 理不尽さには腹は立ちますが

マサッチオ作 「失楽園

 

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