kei 「蜘蛛の糸Ⅱ」

2023年3月退職 後の生と死を「絵と言葉」で考えたい…4月からは「画家」か?「肩書を持たないただの人間」として生活していこうと考えています。

「プライオリティ」

ティーンエージャーの教育現場を 美術の授業をしつつ 

「やっぱヘンだわ。日本の学校教育は」と感じる

朝学年を集めて服装検査をやったり 毎日校歌を放送したり…

「軍隊でもあるまいし」とおもってしまうし 

その時代錯誤っぷり「戦後日本教育と大して変わっていない」

 

ICT教育だ 「学びの重要性」だ ChatGPTを教育の中でどうあつかっていくのか?

とかなんとか…新しい公教育を予感してあーでもない こーでもないとやっているクセに 結局のところ本質の部分は変わっていない

 

岸田首相が 教育や子育て支援のために またカネをばらまこうとしてる

これが教育改革に繋がらなかったという事例は アメリカでもほかの国でも検証されている 「教育とカネ」は別の話だし 少子化に歯止めがかかるわけもない

 

…とグチっているのは「プライオリティ」という概念が欠落しているというのが1つの理由

 

頭髪とイジメを「違反」として「校則」に批准しながら注意し 時に停学処分にしたりするわけだが 

若者たちは「何を胸に刻むことなのか たいして気にすることがないことなのか」わかっていない

50のルールを作るのは簡単だが そこにプライオリティはない

 

これはChatGPTでも言えることは重要だ 1、2,3と並列的に出てくる回答にプライオリティをつけるのは難しい 

ある人にとっては1が最重要であり ある人にとっては2が最重要となる

 

だが公教育の現場では「進取 自主 公正」とか? あってもなくてもいい お題目を1トンを超える岩石に彫り込んで 入り口正面にデンと飾る 「本当にただの飾り」にしかなってない これもまたプライオリティでも何でもなく 教える者達も 何がプライオリティが高いのか 逆に高くないのか 議論もしない

ただ「学習指導要領」とかいうベタ書きされた文章を まるで「聖書」のように取り扱いながら それでいて 我田引水の解釈も散見され それを声高に述べる奴の意見がまかり通る というのが職場の現実である

 

「マニュアル」には「プライオリティ」が書かれていない 

 

だのに ドンドンとマニュアル化の様相を呈していく 今の社会はやっぱりマトモには進まない

一体誰が読みたいものか こんなモノ  こんなんで いい教育ができるわけない

う~ん。今回 何言ってんだか自分でもよくわからん…学校の裏側知らん人には尚更

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