kei 「蜘蛛の糸Ⅱ」

2023年3月退職 後の生と死を「絵と言葉」で考えたい…4月からは「画家」か?「肩書を持たないただの人間」として生活していこうと考えています。

「W・H・オーデン 「1939年9月1日」

wikiから引用:
ウィスタン・ヒュー・オーデン(Wystan Hugh Auden、 1907年2月21日 - 1973年9月29日)は、イギリス出身でアメリカ合衆国に移住した詩人。20世紀最大の詩人の一人とみなされている。 

とのことだが私は大江健三郎の小説からその存在を知った 大江はオーデンの詩から「人生は短く そして急な坂だ ここから見るとダラダラした なだらかな坂に見えるけれど」という意味の一節を引用したことによる  若い頃の私はそれを胸に刻んだ それは今も私の中に居座っていて
だからかもしれないが 私は自分の余命を長く想定しないのだと思う

コロナウィルスが発生し 世界を巡った
たった今リビングを通りかかった時 TVからCMが流れていた「生きるためのがん保険No1」と…
何故「保険」があるかと言えば 「未来の保障」が無いからだ
日本人の平均寿命まで生きられると想定するのは自然な事かも知れないが 
ウィルスによって それも保障されていないことは分かった

ニーチェは言う
「絶対」など存在しない 生きるのに目的など無い と
しかし「絶対など存在しない」ということも「絶対」ではないし 人生の目的も無い というのも絶対ではない なのでそこら辺は自由でいいのだと 今は思う 

前置きが長くなったが オーデンの詩を転載したいと思った
1939年9月1日は ナチスドイツによるポーランド侵攻が行われた日 この日を境にして第二次世界大戦が勃発した オーデンはその日にこれを書いた


「1939年9月1日」September 1, 1939(壺齋散人訳)

 

 

  52番街の安酒場で
  不安と恐れを抱きながら
  俺がひとりで座りこんでいると
  低劣でいい加減な10年間が
  希望もなしに消え去っていく
  怒りと恐怖の感情が
  地上のところどころで
  波のように渦巻いて
  俺たちの生活にまとわりつき
  名状しがたい死の匂いが
  9月の夜を挑発する

 

  まともな学問なら
  ルターから今日に到るまで
  文明を狂気に駆り立てた
  すべての罪業を明らかにできる
  リンツで起きたことを見よ
  どんなに巨大な妄想が
  異様な神を作り出したことか
  どんな生徒たちだって
  人に対してなされた悪と
  それへの復讐について
  学習するようになるものさ

 

  追放の身のトゥキディデスは   
  デモクラシーについて何がいえるか
  独裁者たちが何をするか
  老人たちが墓場にむかって
  どんな繰言を繰り返すか
  そのことをよく知っていた
  その上で歴史書に書き込んだのだ
  追い払われた啓蒙運動
  習慣を形成することの苦しみ
  失敗と痛恨と
  人はこれらすべてを甘受せねばならぬと

 

  盲目の摩天楼が
  そのすさまじい高度によって
  人間の集合的な力を示している
  その中立の空の中に
  諸民族の言葉が競い合って
  空虚な命題を注ぎ込む
  だがだれも幸福な夢を
  何時までも見続けていられない
  鏡の中から現れてくるのは
  帝国主義の顔と
  国際的な悪行だ

 

  バーに並んだ顔は
  平凡な毎日にしがみついている
  灯りは消してはならぬ
  音楽はいつでもやってなきゃならぬ
  何もかもが共謀して
  この砦を家具のように
  見せかけようとしている
  俺たちがいったいどこにいるのか
  わからせまいとするかのように
  俺たちときては幽霊のいる森の中で迷い
  夜を怖がっている子どもみたいだ

 

  戦闘的なたわごとも
  重要人物の演説も
  俺たちの望みほど粗野じゃない
  狂ったニジンスキーが 
  ディアギレフについて語ったことは
  普通の人間についてもいえることだ
  男と女の骨の髄にまで
  染み付いている罪業は
  持ち得ないものを熱望することだ
  普遍的な愛では満足できずに
  自分ひとりだけが愛されることを熱望する

 

  因習の闇から
  倫理的な生活へと
  おびただしい数の通勤客がやってきて
  いつもどおり朝の誓言をする
  「今日も女房を大事にして
  一生懸命働くぞ」
  頼りない亭主たちが毎日起きるのは
  変り映えのしないゲームをするためさ
  だれがこいつらを解放してやれるだろう
  だれがつんぼの耳に語りかけられるだろう
  だれがおしの口に語らせられるだろう

 

  もつれた嘘を解くために
  俺が持っているのはひとつの声だけだ
  その嘘はありふれた人間の
  脳みそに巣くうロマンティックな嘘だったり
  空を手探りする
  高層ビルの権威に巣くう嘘だったりする
  この世に国家などというものはない
  また孤独な人間というものもない
  飢えは市民にも警察官にも
  わけ隔てなく訪れる
  俺たちはお互いに愛し合わねばならぬのだ

 

  宵闇の中で無防備に
  世界は昏睡して横たわっている
  だが正義がメッセージを交し合うところ
  そういうところではいたるところ
  点々と光が交差して
  まぶしい耀きを放っている
  俺もエロスと泥から作られており
  同じく否定と絶望に
  付きまとわれている限りは
  この光の交差のような
  肯定の炎を放ってみたいものだ

 

kei