kei 「蜘蛛の糸Ⅱ」

2023年3月退職 後の生と死を「絵と言葉」で考えたい…4月からは「画家」か?「肩書を持たないただの人間」として生活していこうと考えています。

「お前にも罪がある」

大学生の頃 作家 安部公房の作品は「戯曲台本」まで読み漁るようになり

榎本武揚」や「友達」そして表題の「お前にも罪がある」も読みました

この戯曲のストーリーを随分忘れていたので 検索してみたところ

 安部公房『無関係な死』の演劇版『お前にも罪がある』を観た - メメント森の熊 (hatenablog.com)

はてなブログで「ちさき」さんが紹介していました 4年以上前の記事なので今は書いていないのかも知れません

ストーリーは ある会社員の若者が自分のアパートに帰宅すると いきなり死体がある 直ぐに警察に通報するのが妥当だが 待ちに待った彼女がもうすぐやってくるので 事件は勘弁 死体の隠ぺい操作をやり始めてしまう。ところが驚くことに「死体は話し始める」

「死人ってのは、もはや他人の記憶の中でしか生きられないんだぞ」とか…

ここからは私の拙い記憶を元にその後のストーリーを思い出すと 死体はネコ車(一輪車)に載せられ あっちこっちの人物にたらい回しにされ 死体とその死の謎を押し付け合う という感じだったかなぁ…

 

でも今回書こうと思ったのは 安部のこの戯曲の面白さよりも「題名」にあります

前回山下達郎氏の事やらブタペスト覚書の件 それ以前にはベトナム戦争について思っていることを勝手に書き並べましたが 私は私自身を「批判者」もしくは「批評家」だと思っていません

 

なぜなら「私にも罪がある」からです

 

もっと正直に言い直せば 小学生まではさておき それ以上の人々の大概は「罪がある」と思っています

 

NHKの朝ドラは同居人がいつも観ているので コーヒーを飲む間自然と聞いたり 見たりしてしまいます 今は「牧野富太郎」を主人公とした物語のようで 小学生の頃 牧野富太郎の伝記を読み いたく感動し尊敬したのを覚えています

こりゃ…どうでもいいんですが ドラマをチラ見し(基本的に集中して観ることは無いので)いつも思うことがあります

 

「なんで出てくるヤツ 揃いも揃って美男美女なんだ?」

 

牧野の奥さんも美人で働き者 健気ときてる…

 

世の中 んなわけないだろ。

 

男女平等 基本的人権の尊重 とかエラソーなお題目を並べるクセに

ドラマに出てくるのは 美男美女目白押しのあり得ぬ世界で「全然平等じゃねえじゃねっか!」と思ってしまいます

どうしてこんな歪なドラマを作るのかと言えば「視聴率」があるからで

ある種理想化された世界 願望が入り混じった世界にしか視聴者は興味を持ちません

このような「偏り」がTVの中で アニメやサブカルチャー世界で当然のようにまかり通っているわけですから

「人に偏見があるのは当たり前 好き嫌いで決めるのも当たり前 『公平』とは程遠い存在」

 

だから「あなたにも罪があるんです」

 

kei