kei 「蜘蛛の糸Ⅱ」

2023年3月退職 後の生と死を「絵と言葉」で考えたい…4月からは「画家」か?「肩書を持たないただの人間」として生活していこうと考えています。

ゲルニカ -色を捨てた絵-

2017年11月07日記事

ゲルニカ
・・・これでこの絵を載せるのは3回目

しかし全て異なるところから引っ張ってきた画像であり これが一番本物に近い

前回 「白と黒」の絵 と呼んだが 間違いだとわかった

この絵は白黒の絵じゃない

「色を捨てた絵」なのだ それに気づいたとき私は謎が解けた気がした

青の時代、バラ色の時代等 パブロ・ピカソは色彩に関しても一流

だのにその後の時代に描かれたこの絵は なぜこうなのか・・・


だからこそ ピカソは たぐいまれな天才なのだ


敢えて色を捨てた


なぜ?


邪魔だったからだ。 ゲルニカという街(村?)の惨事を表現するために 色が邪魔だった

色彩は音で言えば「和音」である。 3つの音 4つの音・・・それ以上・・・もあるかも

ピカソは強い「単音」でこの絵を描きたかった 

和音は音として強さを失う・・・と考えたかもしれないし 血飛沫や刃物を有彩色で描いてしまうと「悲惨さ」が強調され 絵が崩れる。と考えたのかも知れない

「色のない無音」のほうが訴えかけてくるものがある

ともかく 色彩を捨ててまで、それ以上に表現したい何かがあったのだと思う。

なのでこの絵は「白黒」じゃない。 むしろ「色ではない絵」と言ったほうがいいのではないか…

「色ではない色で描く」とはどのような方法でなせるのだろう

水墨画は色(有彩色)がないからこそ 無限の色を感じ 似通っている気もするし ゴヤの銅版画にも その臭いが感じ取れる

なので 具体的に「こういうやり方」とは一概には無いと思うが

発想はとても面白い

 

私の絵は「ただ白い」だけだ…

jumping ball

骨の塔

 

kei