kei 「蜘蛛の糸Ⅱ」

2023年3月退職 後の生と死を「絵と言葉」で考えたい…4月からは「画家」か?「肩書を持たないただの人間」として生活していこうと考えています。

雑記 ‐朝5:30のウォーキングとランニング‐

朝だろうが昼だろうがテキトーな時間で寝てしまうから 起きる時間もバラバラ…座ったま眠ってることもある 今日は夜中1時に1回起きて3時に2回目起きて 家人からリビングでガザゴソしているのをイヤな目で見られ また寝ることにした 起きたのは朝5時過ぎ

やることがないので サウナスーツをきて外に出ることにした

沖縄の5:30は日の出前 まだ暗い 約2.5kmの公園の道のりを半分歩き 半分走る

 

1 走っていると息も切れてくる その時思う「今は夢の中。夢の中でも走っていれば苦しくなるから同じ」だから「夢と現実」って人の感覚にとってはあんまり変わらないんじゃないかなぁ… 現実に死ぬ瞬間 多分今走っているシンドさよりも10倍苦しいだろう…でも「その時 現実か夢か?」なんて考えちゃいない

走ることの楽しさと苦しさは「自分を忘れ 夢と現実の境が消えること」

 

2 海岸の突端の周囲を走り終え 歩き始めた時 内海をじっと見ているような「コンクリートの塊」のようなものを見た それは人間の形をして 海岸の突起に座りただ海を見ていた 日の出前 電灯の光も当たっていないため灰色の 「コペンハーゲンの人魚姫の像」みたいな コンクリートの像かと思ったが 目を凝らすと「人間」だった 70歳は超えているであろう 灰色の作業着のような服を着た男 微動だにせず ただ内海を見ていた それは夜明け前の茫漠とした風景と完全に同化していて ただシルエットだけが見え やっと人間だとわかった 写真に収めたい衝動に駆られたが我慢した 元漁師だったご老人だろうか…コンクリートの塊のように動かなかった

3 帰路に向かう時はもう既にボンヤリ明るくなり始め グループでウォーキングするご婦人や 犬を連れて散歩する人もチラホラ見かけた 太陽の動きと共に人の生活が始まる

 

4 「現代芸術」について考えながら帰りは歩いた

枝を失った樹の背後に緑のペンキを塗りたくったバンクシー ウクライナでの作品も「平均台の上で逆立ちする女子選手」は傑作だと思う

絵を描く者には「現代性」を意識する作家と 全く意識せず「我が道を行く」作家に別けることもできる 私は「現代」を意識する それは「今」を意識すことに似ていて 自分を含めた「今の人々」にどのように映るのか気になるからだが…迎合しようとは思わない 他者に「私にとっての現代」を預けようとは 全く思っていない

 

5 今津波警報が発令された あと50分でやってくる 高さは3mと予想されるので 私が朝走った場所は津波に見舞われることになるだろう 夜明け前に走っておいてよかった 横で家人が「避難」を予想してか カバンを持ってワーワー言っている…

私がランニングするのは上方の突端部分

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