kei 「蜘蛛の糸Ⅱ」

2023年3月退職 後の生と死を「絵と言葉」で考えたい…4月からは「画家」か?「肩書を持たないただの人間」として生活していこうと考えています。

「ダブルスタンダード」≒「二重人格」

二重規範 (にじゅうきはん)または ダブルスタンダード ( 英語: Double standard )とは、同じ人物・集団において、類似した状況に対してそれぞれ異なる対応が不公平に適用していることへの皮肉の言葉である。 この概念は、すべての状況が同じ指針の適用を受けるべきという当然( 単一規範 )を理想とする立場から使用される 。

 

とネットには記されていた 直訳では「二重規範」は妥当だと思うが…

「規範」という言葉に騙されてはイケナイ 単純に「心」と解したほうがいいと思う

 

 

なので「本音と建前」という個人の生活の仕方 働き方等について それを上手く使い分ける…という生き方や「アフターファイブは別の貌」ということもあるわけで これは 現代では当然 もしくは「当り前の生き方の一つ」と受け取られているかもしれない 

 

だが もう一歩踏み込んで考えると「状態としては実は危険」なのではないかと思う

 

往々にして「二重人格」という表現でも用いられるこの状態は 自己の中に相反する二つの心をもっているわけだから 本音は「右」 といっているのに 業務上「左」を選択しなければならないことをしばしば余儀なくされる これを繰り返すと そのような自分の状態に慣れてしまう ガン等の発生率もこのような「心の状態に関連している」と考えた方が自然だと思うので 慣れてしまうことで 心の葛藤を極小化し ガンを回避しているのかもしれない  …でも ホントにそうなるんだろうか?

 

公務員は「非道徳的行為・犯罪行為をニュースにされやすい」なので 年間を通じ紙面を賑わわせる 

民間会社等ではそれがニュースになりにくいだけで 実相は同じだろう

例えば「ある警察官が部下の警察官と派出所で不倫行為を行っていた」

こんなニュースは珍しくもない

 

また「その小学校では朗らかで優しく 皆から好かれていた良い先生が 女子トイレに盗撮カメラを仕込んでいた」という呆れたニュースもある

これは深刻だ。 2つの点で深刻だと思う その一つ目は「いい先生と見られていたこと」に関連している 極端な二重性を帯びていたことになる 二つ目は「そんな教師を信頼し学び続けた子どもへの影響」 現代では 生徒からは さほど信用されてもいない「カンケーねぇ 小せぇ存在の奴ら」と思われているのではないかと察する「教師」ではあるが ダブルスタンダードもしくは二重人格の「典型的な例」として 学習させてしまうことになる

ダブルスタンダードは教わる生徒にも波及する

なので教師の中のダブルスタンダードは警察官より 深刻かつ危険という気もする

 

私自身の心が一つであるのか 二つであるのか 三つ四つであるのかは 自覚できないし 逆に他者は個人の一面を見て その人そのものであると認知し いい人 邪悪な人 味方になってくれる人 敵 …などど決め込んでしまう …「バイアス」から逃れることは出来ない

 

その上で やっぱり求められるのは 遊ぶ スポーツする 失敗する ケガをする 分からない時は分からないという等 様々な試みを通じて 「自分の命も心も一つ」という認識を自覚できるか ということだろう  ホントにそうかどうかはわからないが

 

これは来るべきAI社会とも関連がある

 

労働者は益々 大きな機械の歯車に化し 感情も思考も遮断された環境で働くことを迫られる 

「人がコンピューターを利用するのではない。人がコンピューター化していくのだ」

そうなれば ダブルスタンダード化は加速度を増す

 

それは「動物として人間らしくないし そんな人間が構成している社会はマトモではない ましてそんな人類が支配しているとおごっている世界が 地球であるわけがない」


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地球に見せることのない「月の裏側の半面」

アルバムそのものを載せようかと思ったが 一曲で。 名盤である

kei

オマケ